社会保険に入っていないとダメ?|助成金申請における加入義務と対策を徹底解説
「社会保険料が高くて加入を迷っているけど、助成金は申請したい…」 「従業員が少ないから社会保険は任意だと思っていたけど、助成金には影響する?」 「社会保険に加入していない期間があったら、もう助成金は諦めるしかない?」
助成金申請を検討している経営者の方から、このような社会保険に関する相談を数多く受けます。社会保険料の負担は決して軽くないため、加入を躊躇される気持ちもよく理解できます。しかし、助成金申請において社会保険の加入状況は極めて重要な要素となります。
結論から申し上げると、助成金申請において社会保険の適正加入は必須条件です。ただし、現在未加入であっても、適切な対応を取れば助成金申請への道は開かれています。重要なのは、なぜ社会保険加入が必要なのかを正しく理解し、自社の状況に応じた最適な対策を講じることです。
この記事では、助成金専門の社会保険労務士として、社会保険加入と助成金の関係について詳しく解説します。未加入の企業が取るべき対策、加入による実際のメリット、よくある誤解についても具体的に説明していきます。
【目次】
1.社会保険に入っていないとダメ?
1-1.助成金における社会保険の位置づけ
助成金申請において、社会保険(健康保険・厚生年金保険)の適正加入は、最も基本的かつ重要な要件の一つです。これは単なる形式的な要件ではなく、助成金制度の根幹に関わる本質的な要件として位置づけられています。
助成金は、雇用の安定と労働者の福祉向上を目的とした制度です。社会保険は労働者の生活を守る基本的なセーフティネットであり、これを整備していない事業主が、雇用の安定を目的とした助成金を受給することは、制度の趣旨に反するからです。
厚生労働省が管轄する雇用関係助成金のほぼすべてにおいて、「雇用保険適用事業所の事業主であること」に加えて、実質的に社会保険の適正加入も求められています。特に重要なのは、助成金の審査において、労働局は日本年金機構や協会けんぽとの情報連携を行っているという点です。つまり、社会保険の加入状況は確実にチェックされ、未加入や不適正な加入状態は必ず発覚します。
1-2.加入義務と助成金要件の関係
社会保険の加入義務は、事業所の形態や従業員数によって異なりますが、助成金申請においては、この法的義務の有無が直接的に影響します。
【社会保険の強制適用・任意適用の違い】
事業所の種類 | 加入義務 | 助成金への影響 |
法人事業所 | 強制適用(従業員1人でも) | 未加入は即不支給 |
個人事業所(5人以上) | 強制適用(一部業種除く) | 未加入は即不支給 |
個人事業所(5人未満) | 任意適用 | 助成金により加入を推奨 |
強制適用事業所の場合 法人事業所、または常時5人以上の従業員を使用する個人事業所(一部の業種を除く)は、社会保険の強制適用事業所となります。これらの事業所が社会保険に未加入の場合、それは明確な法令違反となり、助成金の支給要件を満たしません。
任意適用事業所の場合 常時5人未満の個人事業所など、社会保険の任意適用事業所については、法的には加入義務がありません。しかし、助成金申請においては、任意適用事業所であっても社会保険加入が求められるケースが増えています。特に、正社員を雇用している場合や、キャリアアップ助成金の正社員化コースなどでは、社会保険加入が実質的な要件となっています。
1-3.未加入が発覚した場合の影響
社会保険未加入が発覚した場合の影響は、想像以上に大きなものとなります。
助成金への直接的影響 ・申請中の助成金は即座に不支給決定 ・既に支給された助成金については返還請求の可能性 ・将来の助成金についても一定期間申請不可
間接的な影響 ・日本年金機構からの加入指導や職権適用 ・最大2年間の保険料遡及徴収 ・労働者からの信頼失墜 ・取引先との関係悪化
特に注意すべきは、助成金申請をきっかけに日本年金機構の調査が入り、職権で遡及適用される可能性があることです。この場合、最大2年分の保険料を一括で納付することになり、延滞金も発生します。
2.よくある誤解の背景
【誤解と真実の対比】
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誤解1:小規模事業所は関係ない 誤解:従業員が少ない小さな会社だから、社会保険なんて関係ない 真実:法人であれば従業員1人でも社会保険加入義務がある
誤解2:任意適用なら未加入でも大丈夫 誤解:法的に加入義務はないから、助成金申請でも問題ないはず 真実:法的義務と助成金要件は別物。助成金では加入を求められる
誤解3:後から加入すれば問題ない 誤解:助成金申請が決まってから社会保険に加入すれば間に合う 真実:過去の未加入期間は消えない。遡及適用のリスクもある
誤解4:労働保険だけで十分 誤解:労働保険には加入している。社会保険は別だから影響しない 真実:労働保険と社会保険は両輪。両方の適正加入が求められる
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これらの誤解は、制度の理解不足や、都合の良い解釈から生じています。特に、法的な最低基準と助成金の要件を混同しているケースが多く見られます。助成金は政策目的を達成するための制度であり、法定基準以上の要件が設定されているのです。
3.専門家の見解
3-1.社会保険労務士としての提言
助成金専門の社会保険労務士として、社会保険未加入が原因で不支給となったケースを多く見てきました。私が経営者の皆様に強くお伝えしたいのは、社会保険加入は「コスト」ではなく「投資」だということです。
社会保険加入の真の価値 ・助成金受給の基盤づくり ・優秀な人材の確保・定着 ・企業の社会的信用向上 ・労使トラブルの予防
特に中小企業においては、社会保険加入が採用力の大きな差別化要因となります。求職者は必ず社会保険の有無をチェックしており、未加入企業は最初から選択肢から外されることが多いのです。
3-2.段階的な加入戦略
社会保険料の負担を心配される経営者に対して、私がよく提案するのが「段階的加入戦略」です。
第1段階:コア人材から加入 まず、正社員や基幹的な役割を担うパート社員から加入を始めます。この段階で、就業規則や賃金規程も整備し、助成金申請の基盤を作ります。
第2段階:助成金活用による拡大 キャリアアップ助成金などを活用し、有期契約社員を正社員化する際に社会保険に加入します。助成金により、当面の保険料負担を軽減できます。
第3段階:全面適用への移行 段階的に加入者を増やし、最終的には加入要件を満たす全従業員を加入させます。この頃には、助成金や生産性向上により、保険料負担は十分に吸収できているはずです。
3-3.費用対効果の考え方
社会保険料の負担を「コスト」として見るか「投資」として見るかで、経営判断は180度変わります。
短期的な効果 ・助成金受給による資金確保 ・採用コスト削減 ・定着率向上による教育コスト削減
長期的な効果 ・企業価値の向上 ・従業員の生産性向上 ・取引先拡大による売上増加
ある調査では、社会保険完備の企業は、未加入企業と比較して従業員1人あたりの付加価値が平均30%高いという結果が出ています。これは、優秀な人材の確保と定着、モチベーション向上などの総合的な効果によるものです。
4.具体的な事例
事例1:5人未満企業の成功事例(小売業A社)
【事例1の概要】 ――――――――――――――――――――――――――――――
背景:個人事業で従業員3名の小売店。任意適用事業所のため社会保険未加入。従業員の定着率が悪く、採用に苦労
対策:①店長候補の1名のみ社会保険に加入 ②その従業員を正社員化し、キャリアアップ助成金申請 ③助成金を原資に、段階的に全従業員を加入
結果:・初年度で助成金114万円を受給 ・応募者が増加し、優秀な人材を確保 ・定着率が90%に改善 ・売上が前年比120%に成長 ――――――――――――――――――――――――――――――
ポイント 任意適用事業所でも、戦略的に社会保険を活用することで、助成金受給と経営改善の両立が可能です。一度に全員加入させる必要はなく、段階的なアプローチが効果的でした。
事例2:未加入期間があった企業の対応(IT企業B社)
【事例2の概要】 ――――――――――――――――――――――――――――――
背景:設立3年目の法人。設立当初は社長のみで社会保険未加入 2年目から従業員を雇用したが、資金繰りを理由に先送り
対策:①年金事務所に自主的に相談 ②過去2年分の保険料を分割納付で合意 ③全従業員の加入手続きを実施 ④加入後、各種助成金を申請
結果:・保険料の分割納付により資金繰りへの影響を最小化 ・大型案件の受注に成功 ・優秀なエンジニアの採用に成功 ・助成金も問題なく受給 ――――――――――――――――――――――――――――――
ポイント 過去の未加入期間があっても、自主的に是正することで最悪の事態は避けられます。隠そうとせず、正直に対応することが、結果的に最も良い解決策となりました。
5.まとめ
社会保険加入と助成金の関係について解説してきました。重要なポイントを整理します。
社会保険未加入では、ほぼすべての助成金が受給できません。これは、法的な加入義務の有無に関わらず、助成金制度の趣旨から導かれる必然的な要件です。
よくある誤解を払拭することが第一歩です。小規模だから関係ない、任意適用だから大丈夫、後から加入すればよい、労働保険だけで十分…これらはすべて誤解です。
社会保険加入は「コスト」ではなく「投資」です。確かに保険料負担は軽くありませんが、助成金受給、採用力向上、定着率改善など、多面的なリターンが期待できます。
段階的・計画的なアプローチが成功の鍵です。いきなり全従業員を加入させる必要はありません。自社の状況に応じて、段階的に加入を進めることで、負担を平準化できます。
社会保険加入を躊躇される気持ちは理解できます。しかし、これからの時代、社会保険完備は企業存続の最低条件となりつつあります。今、決断することで、貴社の未来は大きく変わります。
社会保険加入も助成金活用も、正しい知識と適切な準備があれば、決して難しいものではありません。この記事が、貴社の発展の一助となることを心より願っています。
※本記事の内容は2025年1月時点の情報に基づいています。制度は変更される可能性がありますので、実際の申請時は最新情報をご確認ください。